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学ぶ : 歴史編 近藤重蔵

 

近藤 重蔵[歴史編 高島ゆかりの人物から学ぶ] 

  
  
  JR近江高島駅の西方約500mに位置する臨済宗東福寺派の瑞雪院(ずいせついん)の墓地、近藤重蔵の墓があります。
  近藤重蔵(1771-1829)は、江戸時代末期の北方領土探険家で、特に、国後(くなしり)島・択捉(えとろふ)島や蝦夷(えぞ)地などの探険で著名です。
  1799年、初めて択捉島に標柱を立て、この島の領土化と先住民の同化政策を行いました。10年間かけて前後5回にわたり北海道・千島方面を探険し、
  北方の防備に努力しました。
  晩年(1827年)、大溝第10代藩主・分部光寧のとき、長男富蔵が犯した罪で大溝藩に預けられました。幽閉生活の末、波乱の生涯を閉じ、円光禅寺の
  塔頭(たっちゅう)瑞雪院に葬られました。
  
  瑞雪院脇の細い坂道を山手に入ると、生い茂る樹木の陰に小さな墓石があります。ここからは、眼下に琵琶湖を眺望することができます。
  重蔵に関する遺品類は、端雪院に隣接する円光寺を始め、町内各所に納められています。
 
 
 
  近藤重蔵ゆかりの地と旧城下町
①円光寺
(えんこうじ)
②近藤重蔵墓所(瑞雪院)
(ずいせついん)
③武家屋敷(笠井家)
(ぶけやしき)
④大溝城跡、乙女ヶ池
(おおみぞじょうあと、
おとめがいけ)
⑤分部神社
(わけべじんじゃ)
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高島市勝野
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高島市勝野
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高島市勝野
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高島市勝野
大溝藩主分部(わけべ)家菩提寺。伊賀上野から移転し、延文3年(1358年)、照室寂禅師によって創建された臨済宗東福寺派のお寺です。分部家墓所は、平成4年、滋賀県の指定史跡となりました。高島三十三観音の第三十ニ番札所でもあります。
円光寺塔頭(たっちゅう)、近藤重蔵の菩提寺。JR近江高島駅から約500m、瑞雪院の裏手の高台に近藤重蔵の墓所があります。
現存する大溝藩の武家屋敷。
元和5年、分部光信が伊勢から江州大溝藩に入部し、この一帯の陣屋内に譜代の家臣約45名の集住する武家屋敷町としました。
大溝城は織田信澄(のぶすみ)(信長の甥)が、安土・桃山時代に築城したもので、商家や寺院などを移して城下町を造りました。本丸の南東の乙女ヶ池(おとめがいけ)は琵琶湖の内湖ですが、古地図によると、大溝城は城堀を内堀とし、乙女ヶ池を外堀とする水城であり、「鴻湖(こうこ)城」とも呼ばれました。江戸時代に分部光信が城主になると、この地を陣屋として12代光謙(みつのり)の明治維新までその支配が続きました。
明治11年9月、神社創建の官許があり、同13年10月、旧藩庭の一郭に創建されました。祭神に光嘉候から光謙候に至る13世をまつっています。例大祭は10月5日。神宝として、光嘉候使用の槍穂先と光信候着用の具足を保存しています。
 
       

■ 近藤重蔵ゆかりの地と旧城下町めぐり モデルコース
 
     (駅に乗り捨て出来る便利な広域レンタサイクルをご利用ください。)
 
     JR近江高島駅下車     
     ↓ icon-bicycle.gif 約5分
     
     ③武家屋敷
     ↓ icon-bicycle.gif すぐ 
     
     ②近藤重蔵墓所(瑞雪院)
     ↓ icon-bicycle.gif すぐ
     
     ①円光寺(分部氏菩提寺)
     ↓ icon-bicycle.gif 5分
     
     ④大溝城跡、乙女が池
     ↓ icon-bicycle.gif すぐ
 
     ⑤分部神社 
     ↓ icon-bicycle.gif 約2分
          
     総門・水路・旧城下町散策、びれっじ
     ↓ icon-bicycle.gif 約3分
 
     JR近江高島駅   

※モデルコースマップ作成中         

     

 

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旧城下町散策 
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総門の北は職人町で、本町通りには伝統を誇る淡海酢、清酒萩の露、大溝祭の曳山を納めた山庫など、
  昔の面影を生かした町並となっています。

 

            

                   

 

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