| 近藤 重蔵 | [歴史編 高島ゆかりの人物から学ぶ] |
①円光寺 (えんこうじ) | ②近藤重蔵墓所(瑞雪院) (ずいせついん) | ③武家屋敷(笠井家) (ぶけやしき) | ④大溝城跡、乙女ヶ池 (おおみぞじょうあと、 おとめがいけ) | ⑤分部神社 (わけべじんじゃ) |
高島市勝野2071 | 高島市勝野 | 高島市勝野 | 高島市勝野 | 高島市勝野 |
大溝藩主分部(わけべ)家菩提寺。伊賀上野から移転し、延文3年(1358年)、照室寂禅師によって創建された臨済宗東福寺派のお寺です。分部家墓所は、平成4年、滋賀県の指定史跡となりました。高島三十三観音の第三十ニ番札所でもあります。 | 円光寺塔頭(たっちゅう)、近藤重蔵の菩提寺。JR近江高島駅から約500m、瑞雪院の裏手の高台に近藤重蔵の墓所があります。 | 現存する大溝藩の武家屋敷。 元和5年、分部光信が伊勢から江州大溝藩に入部し、この一帯の陣屋内に譜代の家臣約45名の集住する武家屋敷町としました。 | 大溝城は織田信澄(のぶすみ)(信長の甥)が、安土・桃山時代に築城したもので、商家や寺院などを移して城下町を造りました。本丸の南東の乙女ヶ池(おとめがいけ)は琵琶湖の内湖ですが、古地図によると、大溝城は城堀を内堀とし、乙女ヶ池を外堀とする水城であり、「鴻湖(こうこ)城」とも呼ばれました。江戸時代に分部光信が城主になると、この地を陣屋として12代光謙(みつのり)の明治維新までその支配が続きました。 | 明治11年9月、神社創建の官許があり、同13年10月、旧藩庭の一郭に創建されました。祭神に光嘉候から光謙候に至る13世をまつっています。例大祭は10月5日。神宝として、光嘉候使用の槍穂先と光信候着用の具足を保存しています。 |
| ■ 近藤重蔵ゆかりの地と旧城下町めぐり モデルコース (駅に乗り捨て出来る便利な広域レンタサイクルをご利用ください。) JR近江高島駅下車 ↓ ③武家屋敷 ↓ ②近藤重蔵墓所(瑞雪院) ↓ ①円光寺(分部氏菩提寺) ↓ ④大溝城跡、乙女が池 ↓ ⑤分部神社 ↓ 総門・水路・旧城下町散策、びれっじ ↓ JR近江高島駅 | ※モデルコースマップ作成中 |

旧城下町散策 |
|
総門の北は職人町で、本町通りには伝統を誇る淡海酢、清酒萩の露、大溝祭の曳山を納めた山庫など、 昔の面影を生かした町並となっています。 |